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2007年11月15日

浦和レッズ アジアの頂点に!

浦和レッドダイアモンズ。アジア・チャンピオンズリーグ優勝

浦和RedDiamonds

ミスターレッズ・福田は日本人初の得点王。代表で初のワールドカップ出場を決めた野人・岡野。そして、天才ミッドフィルダー・小野伸二。

これだけのタレントがいながら、弱かった....。

Jリーグ発足当初は“Jリーグのお荷物”と言われた。なんで浦和が1部なの?と
当時ボクは、日本代表・井原(DF)や松永(GK)のいた、横浜マリノスのファンだった。

浦和レッズ?
スポーツニュースの度に「これでほんとにプロ?」と“笑わせてくれる“楽しい(?)チームでした(失礼!)。
パスは空振り。キーパーまでかわしても滑って転んでノーゴール。

会社の後輩が、車にレッズのステッカーを貼っているのを見て、
「なに? おまえ、レッズのファンなの?」
後輩は「いや、別に」と照れくさそう。
当時ボクらは、浦和とはご近所の大宮に住んでました(今は合併して共にさいたま市)。

しかし、このレッズというチーム。不思議なチームです。
スポーツニュースなんかで“珍プレー”を見せられると、楽しくてしょうがないんだけど、たまに(ほんとにたま〜〜に)勝ったりすると、嬉しくてしょうがない。
いつの間にか、気になってしょうがないチームになってしまうのです。
そして、知らず知らずの内に、ファンになってしまうのです。

そんな弱小レッズに訪れた転機は2度。
元ドイツ代表の貴公子ギド・ブッフバルトのチーム参加だとボクは思ってる。
'94年にプレーヤーとしてチームに加わると、チーム全体が変わり、一時は4位5位あたりをうろつき、これはもしかすると、と思わせたモノでした。
しかし、'97年の引退セレモニーで白馬にまたがってレッズを去ってからは、またもとの弱小レッズに....

'99年シーズンラスト、90分で勝たなければ、J2降格と言うゲームで、同点のまま延長戦へ(この時点でJ2降格決定)、福田がVゴールを決めて勝利はしたが、ゴール直後だれか外人選手が福田に抱きついてきたのを、振り払った福田。Vゴールを決めてあんなに悲しそうな悔しそうな顔をした選手を見たのは、後にも先にもあの時だけ。
もちろん、悲しそうな顔してたのは福田だけでなく、他の選手、サポーター、そしてボクも....

当時、世界へ出れば引く手あまただったであろう天才・小野伸二は、レッズに残り、J2を戦い抜く。そして、翌年J1昇格。その年、伸二はオランダへ。

そして、今度はあのブッフバルトが監督として再びレッズに!

今シーズンは、故郷へ帰り、後をオジェック監督に任せることになったが、
今の強いレッズの礎を作ったのは、まさにブッフバルト。

ほんとに、レッズは強くなりました。

そんなことが、グルグルと頭の中を駆けめぐる。

“苦節”

“報われた”

こんな言葉がまさにピッタリの浦和レッズでした。

おめでとう!!!!

PS:今日、先日衝動買いした「The Best Latin Jazz Album in the World...Ever! 」が届き、今聴いてます。
いい!
自然と体が動きます(気分はシェイラか?マルシアか?)。

じゃ (^_-)☆ /~~~


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posted by ShimaQ at 21:14 | Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ(観る方)